2012年5月13日 薄 熙来(はく きらい)
中華人民共和国の政治家。第17期中国共産党中央政治局委員、元重慶市党委員会書記。
父は国務院副総理などを務めた薄一波。
文化大革命初期は紅衛兵組織「連動」のメンバー。「連動」は「親父が英雄なら息子は豪傑、
親父が反動なら息子は馬鹿者」とする血統論を宣伝した。まもなく父親の失脚にともない投獄される
(公式履歴では学習班で学習とされている)。1978年2月から1979年9月まで北京大学歴史学部で学ぶ。
1980年10月中国共産党入党。1982年には中国社会科学院を卒業し修士号取得。
中央書記処研究室、弁公庁を経て遼寧省に転出、1992年から大連市長を務め、環境政策に力を注ぎ、
また外資を呼び込んで経済成長も目覚しかった。2001年からは遼寧省省長を務めたが、省内にあった
国有企業の多くが停止状態になり失業率は全国最高となった。2004年に商務部長として国務院入り。
2006年から中国製品の品質に相次いで問題が起こり、安全宣言を何度も出すことになった。
中共第15期党中央委員候補、第16、17期党中央委員、第17期党中央政治局委員。
薄熙来の重慶市委書記在任中(2007年 - 2011年)の4年間、毛沢東時代の「革命歌謡曲」を歌うキャンペーンを
行い、文化大革命の再来を思わせる風潮を作り出し、重慶市は「西紅市」(西の赤い都市の意。同じ発音の
中国語の「西紅柿」にかけて皮肉っている。西紅柿はトマトのこと。トマトの色は赤。共産主義のトレードカラーも赤。)
とも呼ばれた。これが後の重慶打黒の背景となった。
2009年7月より市公安局などを巻き込んだ大規模汚職事件の摘発に乗り出し、1500人以上を摘発した。
汚職追放を口実にした前書記汪洋や、かつて書記を務めた賀国強批判が目的とも言われる。2010年3月、
2009年6月からスタートしていた重慶の犯罪組織一斉検挙キャンペーン「重慶打黒(中国語版)」が終了した。
薄は成果を強調しているが、「行き過ぎだ」、「個人的な人気取りだ」などと批判された。
2011年12月4日 第11回 中日友好コンサート開幕
大連市の青少年宮劇場にて第11回 中日友好コンサートが開幕。
中日両国の一流演奏家が交響曲の有名な曲目を演奏。また、800人余りの音楽愛好者が集まった。
大連市対外友好協会、日本国瀋陽総領事館駐大連事務所、大連国際音楽クラブ及びコニカミノルタオプト
(大連)有限公司がこの度のコンサートを実施した。
2011年12月2日 大連市の第9号ハイテク産業パークが設立
大連ハイテク産業パーク(高薪園区)と瓦房店市政府との提携調印式が行われた。
瓦房店ハイテク産業パークと大連市、普蘭店、庄河、旅順及び錦秋など合わせて8つのハイテク産業パークが
ハイテク産業の更なる発展を促進する目的。瓦房店ハイテク産業パークにおいては大連市内の亜ハイテク産業
パークと同様な優遇政策が教授できる。
調印式の際、食品・包装・赤外線の暖房機など4社が瓦房店市のパートナーと提携の意向書に調印した。
2011年12月1日 GIBBS大連鋳造有限公司が着工
GIBBS大連鋳造有限公司の起工式が開発区で行われた。
同社はアメリカのGIBBS社が中国で始めて投資して設立した企業である。同社は開発区の46号地に所在し、
敷地面積は1.6万平米、投資総額1650万ドル。
主な字事業内容は自動車用のアルミ鋳造部品の設計・製造で更に開発区内のハルラ自動車(韓国)のエアコン
関連部品の製造を行う。
来年四月に正式に創業が見込まれ、アメリカ最大級の鋳造企業であり世界500強企業にもランクインしている
GIBBS社は1966年に創立し、中国のほかにもハンガリー・ブラジル・韓国などの国と地区で11の工場を所有している。
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